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東京地方裁判所 平成元年(ワ)13590号 判決 1990年7月25日

原告 新井充

右訴訟代理人弁護士 赤井文彌

同 船崎隆夫

同 山田秀一

同 清水保彦

同 小林茂和

同 舟久保賢一

被告 東都自動車株式会社

右代表者代表取締役 宮本市郎

右訴訟代理人弁護士 高瀬迪

主文

一、被告は、原告に対し、別紙目録記載の入会金預り証を再発行せよ。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一、請求

主文同旨

第二、事案の概要

本件は、ゴルフクラブの会員である原告が、入会金預り証を紛失したとして、右ゴルフクラブを経営する被告に対し、その再発行を請求する事件である。

一、原告の会員権の取得及び被告の入会金預り証の発行・交付

次の事実は、当事者間に争いがない。

原告は、昭和五八年一一月二四日、被告が経営・管理するゴルフクラブである東都栃木カントリー倶楽部(以下「本件ゴルフクラブ」という。)に入会の申込をし、入会金四〇万円、預託金二〇〇万円、合計二四〇万円の支払を昭和六〇年一一月一二日までに完了して本件ゴルフクラブの会員となり、被告は、同年一二月二一日、別紙目録記載内容の入会金預り証(以下「本件入会金預り証」という。)を原告に発行・交付した。

二、原告の本件入会金預り証の紛失

原告は、昭和六二年一月ころ、本件入会金預り証を紛失した(甲一、二及び原告本人の供述)。

三、争点

原告は、入会金預り証は公示催告手続の対象となる有価証券ではなく、かつ、会員権の円滑な譲渡のためには本件入会金預り証の再発行が必要であると主張し、他方、被告は、入会金預り証の再発行のためには、公示催告、除権判決の手続を要し、また、それが認められないとしても、入会金預り証を再発行することは、二通の入会金預り証を流通させることになり、種々の不都合を生ずるから、再発行しないとすることには合理性があり、再発行することはできないと主張する。

第三、争点に対する判断

一、入会金預り証の法的性質について

本件入会金預り証が公示催告、除権判決手続の対象となる民法施行法五七条にいう指図証券に該当するか否かについて検討するに、有価証券とは、財産権を表章する証券であって、権利の発生、移転行使が証券によってされる証券をいうものであるところ、乙一、一〇の1及び弁論の全趣旨によれば、本件入会金預り証には、その表面に、「貴殿より当会社が経営管理する東都栃木カントリー倶楽部の会員の入会金として、上記の金額を御預かりしたことを証します。」「入会金の返還は脱会の場合に限り、かつ払込完了日より満拾年以後とする。入会金には利息、配当金等はつかない。」「この入会金預り証は、当会社の承認を得て、会員権と共にしてのみ(但し脱会の場合を除く)譲渡することができる。」等の記載があり、また、その裏面には、権利譲渡の際の裏書欄が設けられていることが認められ、外観上は、本件ゴルフクラブのゴルフ場施設の優先的利用権及び一定期間経過後の退会時に行使できる預託金返還請求権(以下これらの権利を「会員権」と総称する。)の存在を表章し、かつ、その裏書による会員権の譲渡性が認められているかのごとくではあるものの、乙一及び弁論の全趣旨によれば、会員権の行使のためには、会員が何らかの方法でその会員資格を証明できればよく、本件入会金預り証の所持・呈示が必ずしも必要ではなく、また、会員権の移転のためには、本件入会金預り証の裏書交付だけでは足りず、それに加えて、本件ゴルフクラブの理事会の裁量的な承認及び承認手数料の被告に対する納付といった手続が要求されていることが認められ、通常の有価証券に認められる善意取得制度の適用の余地はないというべきである。したがって、本件入会金預り証は、有価証券とはいえず、公示催告、除権判決手続の対象とはならないというべきである。

二、入会金預り証再発行による不合理性について

公示催告、除権判決の手続によらずに入会金預り証の再発行をする場合には、公示催告、除権判決の手続を経て再発行する場合に比して、元の入会金預り証が流通するおそれが大きく、それに伴う種々の紛争の生ずる危険性が高いことは否定できない。しかし、他方において、除権判決、再発行も認められないとすると、会員は、その権利行使に事実上支障を来すことは想像に難くないばかりか、特に、会員権譲渡の方法を見るに、乙三の1、2によれば、本件ゴルフクラブにおける入会金預り証のない場合における会員権譲渡の方法は、連帯保証人二名を立てた上で、第三者出現による紛争の責任を全て譲渡人及び譲受人が負担する旨の被告に対する誓約書を提出することが要求され、そのようにして会員権を取得した譲受人もまた同様な方法で譲渡せざるを得ないことが認められるところ、右のような条件で当該会員権を購入する譲受人を見つけることは著しく困難であると考えられ、たとい譲受人を見つけられたとしても、入会金預り証のある場合に比して相当程度譲渡価額を減額せざるを得ないことは明らかである。そうすると、事実上、会員の有する資本の円満な回収の道を閉ざすという結果になりかねない。そして、先に述べた入会金預り証再発行による紛争の危険性に対しては、ゴルフ場経営者側がその再発行の手続に関する規則を定め、その中において、新聞等に広告することを義務付けたり、入会金預り証を再発行した上で、一定期間新証書による譲渡を制限したりする等の手当をすることが可能であると考えられるから、入会金預り証を再発行しないことの不合理性は著しく高いというべきである。

そうであってみれば、本件入会金預り証は、被告がこれを再発行しない合理的理由に乏しく、原告は、被告に対し、本件入会金預り証の再発行を請求できるものというべきである。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 井上哲男 小出邦夫)

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